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      <title>上杉景勝と直江兼続</title>
      <link>http://uesugi.biz/</link>
      <description>上杉景勝と直江兼続、謙信の流れを受け継ぐ2人の物語を紹介。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
      <lastBuildDate>Tue, 19 Feb 2008 13:29:03 +0900</lastBuildDate>

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         <title>wefew</title>
         <description>wefewfwe</description>
         <link>http://uesugi.biz/2008/02/wefew.html</link>
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         <pubDate>Tue, 19 Feb 2008 13:29:03 +0900</pubDate>
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         <title>直江兼続の人物像</title>
         <description><![CDATA[直江兼続の人物像といえば、仙桃院（謙信の実姉で上杉景勝の母）に早くからその才覚を認められ、景勝に使え。
若くして上杉家を切り盛りし。
豊臣秀吉にも、その才覚を高く買われ、米沢30万石を与えられたり。
関が原の戦いを引き起こした「直江状」では、徳川家康相手に真っ向非難し。
その後関が原の戦いで負けた後も、結城秀康を頼って上手く立ち回り、悪びれずに才覚を持って上杉家を残した。
<br /><br />
ざざっと書くと、このような話でして。
天地人のNHK公式ページでも
<a href="http://www.nhk.or.jp/drama/html_news_tenchi.html" target="_blank">http://www.nhk.or.jp/drama/html_news_tenchi.html</a>
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大河ドラマ「天地人」は、火坂雅志氏の同名小説を原作に、直江兼続の人生に、戦国の有名武将たちや主君・上杉景勝の生き様、年上の妻・お船との夫婦愛をからめることで、激しい戦国時代にあって、自らの理想と、大切な人の幸せのために強く生き抜き「日本の品格」を守り通した兼続の、波乱万丈の人生を描いていきます。
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このように書かれています。<br /><br />確かに「才覚」に溢れた人物であっただろうとは思うのですが。<br /><br /><br />
直江兼続で有名な「兜の前立」
<br /><br />
<div align="center"><img alt="直江兼続の人物像" src="http://uesugi.biz/image/naoekabuto2.jpg" width="314" height="500" /></div><br />
「愛」です。
<div align="center"><a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/033f867d.55b53fa4.067c8c18.ec0c2051/?pc=http%3a%2f%2fwww.rakuten.co.jp%2fyoroi%2f117806%2f120143%2f%23124720&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fyoroi%2fi%2f124720%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fimage.rakuten.co.jp%2fwshop%2fdata%2fws-mall-img%2fyoroi%2fimg128%2fimg10592141373.jpeg&m=http%3a%2f%2fimage.rakuten.co.jp%2fwshop%2fdata%2fws-mall-img%2fyoroi%2fimg64%2fimg10592141373.jpeg" border="0"></a><br />
<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/033f867d.55b53fa4.067c8c18.ec0c2051/?pc=http%3a%2f%2fwww.rakuten.co.jp%2fyoroi%2f117806%2f120143%2f%23124720&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fyoroi%2fi%2f124720%2f" target="_blank">直江兼続胸取二枚胴写(送料無料)</a></div><br /><br /><br />
この兜をつけて戦に出ていた。
そう考えると、なんと言うべきか、多少？随分？変わり者であったのではないか？
と思えてしまいます。<br /><br /><br />
こちらのサイト様(直江兼続の子孫の方のサイトのようです）で、兜の前立について書かれていますが、<br />
<a href="http://www.bahyu.com/kinkyou/old/2001_1.html" target="_blank">http://www.bahyu.com/kinkyou/old/2001_1.html</a><br /><br />
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直江山城守兼続（私の先祖）は、上杉謙信の家来です。主人の謙信は、少々偏屈とも言える正義漢で、一生を武田信玄や織田信長などの侵略者と戦い続け、自分の兜の前立には《毘》の大文字を飾っておりました。悪鬼を滅ぼす正義の仏神《毘沙門天》を信仰し、その頭文字を兜に飾って、我れこそは正義の武将なりと世に示したものと言われます。

　兼続も主人にならって、自分が信仰している仏神の頭文字を兜に飾ったのでしょうが、《愛》の頭文字を持つ仏神は、《愛染明王》しかおりません。……とすると、これは大変です！愛染明王と言う仏神は、『夫婦愛で仏の悟りを教える』と言う、愛信仰の神様と聞いていたからです。

　今から400年も昔の戦国時代の日本には、博愛や人類愛などの言語はまだ有りませんでしたから、そこを考えても、兼続の兜の前立飾りの《愛》は、男女愛と考えるしかありません。 

　しかし、こう言う意味の《愛》の大文字を、堂々と自分の兜に飾っていた兼続も変っていますが、それを許していた謙信も相当の変人です。上杉謙信は、一生妻帯せず女性も近ずけなかったそうですが、それでは遺伝子が残せないですぞと、家来の兼続が心配して、《愛》の大切さを進言していたのだろうと思います。
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<br /><br />
上杉謙信が、野戦に関して神ががりな強さを発揮した主君であったが、変わり者であれば。
直江兼続も、その才覚に見合っただけの、変わり者であったのではないか？<br /><br />
そのはざ間の上杉景勝は無口で、一生で一回しか笑わなかったなどのエピソードもあったり。
上杉謙信と景勝そして直江兼続は、常人には解らない不思議な人物であったのではないか？
と思うわけです。<br /><br />]]></description>
         <link>http://uesugi.biz/2007/11/post_1.html</link>
         <guid>http://uesugi.biz/2007/11/post_1.html</guid>
         <pubDate>Thu, 08 Nov 2007 00:03:08 +0900</pubDate>
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         <title>上杉謙信の人物像</title>
         <description><![CDATA[上杉謙信の人物像と言って、どの様な人物像を思い巡らせるでしょうか？<br /><br />
NHK「風林火山」 でGackt（ガクト）さんが演じた事で、Gackt（ガクト）さんのようなイメージでしょうか？
ちょっとナルシストな部分は共通する部分があるのかもしれませんが。
とりあえず、外見上は似ているとは言えない、謙信公は無骨なタイプです。<br /><br />
<div align="center"><img alt="上杉謙信の人物像" src="http://uesugi.biz/image/kensin.jpg" width="251" height="275" /></div>
<br /><br />
身長も甲冑の大きさなどから、約156cm程度。
当時の男性の平均より少し小さいくらい。
酒好きであった事や、肖像画からも恰幅は良かったと思われます。<br /><br />
現在のドラマなどでのイメージとはちょっとかけ離れている容姿や体系ではないでしょうか。<br /><br /><br />
ただ、その奇抜な逸話には事欠きません。
毘沙門天の転生であると信じており、戦いの前には春日山城の毘沙門堂に閉じこもって毘沙門天になってみたり。
出家騒動を起こしてみたり。
また繊細な面も多々持ち合わせ、和歌や琵琶を奏でる文化人でもあったりしました。<br /><br /><br />
末代の米沢藩に渡っても、「プライド」と「形式主義」「権威」など「謙信」らしさが、藩の家風で残ったように、儀式や役職に拘りを持った人でもあったのです。<br /><br /><br />
生涯未婚であったり。
当時の戦国武将としては、エキセントリックな生き様と。
そして上杉謙信の教えを守った「上杉景勝・直江兼続」が、江戸時代を「米沢藩」として生き抜いた事。
堅実で実直な側面と、エキセントリックな側面を併せ持つ人物像が、何とも魅力的な武将だと思うのです。<br /><br /><br />]]></description>
         <link>http://uesugi.biz/2007/11/post.html</link>
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         <pubDate>Wed, 07 Nov 2007 17:31:17 +0900</pubDate>
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