直江兼続の人物像上杉景勝と直江兼続、ドラマ「天地人」

上杉景勝と直江兼続、謙信の流れを受け継ぐ2人の物語を紹介。

直江兼続の人物像

直江兼続の人物像といえば、仙桃院(謙信の実姉で上杉景勝の母)に早くからその才覚を認められ、景勝に使え。
若くして上杉家を切り盛りし。
豊臣秀吉にも、その才覚を高く買われ、米沢30万石を与えられたり。
関が原の戦いを引き起こした「直江状」では、徳川家康相手に真っ向非難し。
その後関が原の戦いで負けた後も、結城秀康を頼って上手く立ち回り、悪びれずに才覚を持って上杉家を残した。



ざざっと書くと、このような話でして。
天地人のNHK公式ページでも
http://www.nhk.or.jp/drama/html_news_tenchi.html
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大河ドラマ「天地人」は、火坂雅志氏の同名小説を原作に、直江兼続の人生に、戦国の有名武将たちや主君・上杉景勝の生き様、年上の妻・お船との夫婦愛をからめることで、激しい戦国時代にあって、自らの理想と、大切な人の幸せのために強く生き抜き「日本の品格」を守り通した兼続の、波乱万丈の人生を描いていきます。
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このように書かれています。

確かに「才覚」に溢れた人物であっただろうとは思うのですが。



直江兼続で有名な「兜の前立」



直江兼続の人物像


「愛」です。


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この兜をつけて戦に出ていた。
そう考えると、なんと言うべきか、多少?随分?変わり者であったのではないか?
と思えてしまいます。



こちらのサイト様(直江兼続の子孫の方のサイトのようです)で、兜の前立について書かれていますが、

http://www.bahyu.com/kinkyou/old/2001_1.html


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直江山城守兼続(私の先祖)は、上杉謙信の家来です。主人の謙信は、少々偏屈とも言える正義漢で、一生を武田信玄や織田信長などの侵略者と戦い続け、自分の兜の前立には《毘》の大文字を飾っておりました。悪鬼を滅ぼす正義の仏神《毘沙門天》を信仰し、その頭文字を兜に飾って、我れこそは正義の武将なりと世に示したものと言われます。

 兼続も主人にならって、自分が信仰している仏神の頭文字を兜に飾ったのでしょうが、《愛》の頭文字を持つ仏神は、《愛染明王》しかおりません。……とすると、これは大変です!愛染明王と言う仏神は、『夫婦愛で仏の悟りを教える』と言う、愛信仰の神様と聞いていたからです。

 今から400年も昔の戦国時代の日本には、博愛や人類愛などの言語はまだ有りませんでしたから、そこを考えても、兼続の兜の前立飾りの《愛》は、男女愛と考えるしかありません。

 しかし、こう言う意味の《愛》の大文字を、堂々と自分の兜に飾っていた兼続も変っていますが、それを許していた謙信も相当の変人です。上杉謙信は、一生妻帯せず女性も近ずけなかったそうですが、それでは遺伝子が残せないですぞと、家来の兼続が心配して、《愛》の大切さを進言していたのだろうと思います。
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上杉謙信が、野戦に関して神ががりな強さを発揮した主君であったが、変わり者であれば。
直江兼続も、その才覚に見合っただけの、変わり者であったのではないか?


そのはざ間の上杉景勝は無口で、一生で一回しか笑わなかったなどのエピソードもあったり。
上杉謙信と景勝そして直江兼続は、常人には解らない不思議な人物であったのではないか?
と思うわけです。